我慢して落ち込む

僕が過去に派遣社員や期間工を経験していた
というお話はブログ立ち上げ当初にお話ししました。

周りに迷惑をかけたくないが故の選択した職業で、
追い込まれた状況だったからです。

だから当時の僕はこれから浮上するための
きっかけ作りをするための意味ある我慢だったと思う。

今回の記事のタイトルは夢や希望も無く
ただ流されながらサラリーマン・派遣・期間工
そんな方に向けて書かせてもらっている記事です。

我慢することの意味?

どうして、ポジティブ思考やネガティブ思考
と言う感情が生まれてくるのだろうか?

その答えは、「我慢」の気持ちがあるから。

どんなに意志が強くても必死に我慢すればするほど
ネガティブな感情が湧いてくるのが普通。

「あいつはいつもネガティブな感情ばかりだ!」
こう言われる人は常に何かから我慢を強いられている
そのような状況が多い。

いわゆる、
たくさんの不満を抱え込みながら生活しているので
どこかでネガティブな思考をまき散らしている。

ネガティブ思考とは逆のポジティブ思考の人は
我慢をしていないかと言えばそうではなく
我慢の割合が少なく自分の考えを優先できる人。

こう分けられるでしょう。

我慢や不満が全くない人など存在せず、
受ける割合が少なかったり上手に受け流せる人
そういった人がポジティブ発想となりやすいです。

ネガティブ思考をプラス思考へと変換したいなら
我慢することを止めなければならない。

はい、そうなります(笑)

言うは易しですが、
単純に我慢することを止めれば良いだけなのです。

ここで僕が言いたいのが、
その我慢に意味があるのか?ないのか?

意味のない我慢ならさっさと辞めてしまえ!
これなんですよ^^

日本の国は、「我慢強い人・辛抱強い人」が成功する
そんな風潮が根強くあります。

もちろん全てを否定する気はありません。
地道な我慢があればこそ出来上がる形もあります。

ただ、流されながら
特にやりたい夢も無く生きるために我慢をする位なら
そんな我慢はしてはいけない。

僕はそう思っています。

過去記事も併せてお読みください♪
工場勤務の労働者は残業や休日出勤が.....

限定した話をするのは好ましくありませんが
僕の経験した工場勤めなど特に傾向が強いと感じる。

小さいころから教育や躾(しつけ)という名のもと
教え込まれるのですからそうなるのも無理はない。

若い奴は我慢が足りない...

「最近の若いもんは我慢が足りない...」
上から目線で話され強要されてしまう。

言いたいことがあるならハッキリ言えというものの
最後は納得できる解決も無く、
「我慢」「辛抱」で終わってしまう。

上司や会社から理不尽な扱いを受けたとしても
沈黙して我慢しなければならない。

そんな同調思考の中で自分自身を隠しながら、
また、抑圧されながら組織の中で労働するのは
強靭な忍耐力と人間性があるからだと思う。

いかに我慢させ不平不満を露にさせないことで
無駄のない生産性を生み出す方策なんですよね。

我慢をして不平を漏らさない。

人として美しい。。。
目標にすべき立派な人。。。
人間として本来のあるべき姿。。。

この言葉自体に問題ない言葉ですが、
我慢や不平不満を抑え込む理屈に
これらの語りを入れてしまうのは凄く間違い。

我慢するのがあるべき姿というのは間違いだし、
我慢することが美しく立派だというのも大間違いです。

自己主張もさせてもらえずわずかな賃金で
責任ばかりが大きくなり理不尽な事をされても
ただただ我慢しなければならない。

守らなければならない家族や愛する人よりも
身を粉にして会社へ貢献させられる
単に労働力としての自分の存在や扱いなど。

過労死された方や自殺で亡くなった方の多くは
根っこにこんな要因があるのではないだろうか。

だからどんな意味があるんだ?

あなたのしている我慢に一体何の意味があり
どんな理由で我慢しているのか考えて欲しい。

我慢し続けたその先に自分の思い描いた達成感や
願いが叶いそうな夢や希望があったか?

もしも我慢して叶いそうな夢や希望があると見出せば
どんな苦労をも耐え抜き頑張って夢を叶えて欲しい。

でも我慢してもその先に夢も希望も無いと感じたなら
とっととその仕事を辞めた方が良いと思う。

大切な時間を無意味に過ごし続けることで
どれだけの損失を出しているか気付いてもらいたいです。

意味のない我慢をしていない人は、
ネガティブな発想になり難い。

ポジティブでいられることで
人生の損失も少なくて済むでしょう。

自分がやりたいと思ったことに集中できている人、
夢中になれるほど没頭している人は
ネガティブな発想とは無縁です。

夢や目的も無く無意味な我慢を続けてしまうと心が壊れたり
向かうべき方向を間違ったものに誘うことになる。

我慢しながら単純作業するのは拷問と同じ

製造業は日々同じことを繰り返す単純作業が多い。

それも時間内に決められた工程を
延々と続けていくのだから苦痛と感じる人も多いです。

3分遅れているよ!
10分遅れているぞ!

予定の時間を分単位で生産管理されているので
全てが無機質な状況に何度も発狂しそうになってしまう。

これは実際の精神的な拷問方法で存在するらしい。
だとすれば毎日拷問を受けているのと同じです。

拷問される対象者との違いは
社会保険や有休などがあったりするだけで
心の問題は一緒ということなんですよね。

給料がもらえることで我慢し続けられる
生活基盤を作ることができるという点だけです。

生活していけるから我慢できるという理由なら
僕は即座にその会社から飛び出します。

意味もなく我慢するというのは拷問と同じレベルで
僕の感じる無意味な人生と全く同じ。

報われることのない我慢をしこの先何年もやれるほど
僕を含めて人は強くはありませんよね?

ある人は子供や家族のために仕方ないと言い、
ある人は夢の実現ために我慢できると言う。

我慢することで得る大きなものがあるなら
それもいいでしょう。

実際に何が手にしどんなものを掴めるのだろうか?

本当の我慢とは?

単刀直入に言うと、
本当の、「我慢をする」という事は、
目指す夢や欲しい現実を手に入れるためにやれるもの。

夢や望むものがないのならそれは無意味な我慢で
会社組織内での都合の良い言い回しに過ぎない。

我慢するという事は
愛する人や自分のためにやれることであり

会社や生きる為だけにすることではない。

無意味に我慢し続けるほど自分の人生を無意味にしている
そういうことなんだろうと思います。

僕は脱労働ライフを満喫しています^^

本日もありがとうございました!

おすすめの記事